月下星群 
“それが一番大事”
  



          




 上天気の中、軽快な船足に置いてけぼりにされて、後へ後へと流れゆく背景である筈なれど。あまりに広く、若しくはあまりに遠い代物なもんだから。潮流に変化が出たとか天候が崩れるという種の異変ででもない限り、そうそう何かしら気づくことは難しいのが、海と空のお加減で。
「ただでさえ夏島だの冬島だの、突飛なほど偏った海域がアトランダムに配置されてもいるんですもの。」
 季節感を拾い上げにくくてもしようがないわよねと、さらさらと髪を梳いてゆく潮風に心地よさげに目許を細めて、ナミが苦笑する。彼女の故郷はどちらかと言えば1年を通じて温暖な島だったが、事情があって幼い頃からあちこち遠出をしていた身、四季というものを概念以上の感覚で判ってもいて、
「それでも、こんなに空が高いのは秋めいて来た証拠かしらね。」
 振り仰いだ頭上には、澄み渡ってどこまでも高い青空が広がっており、
「そうでしょうね。」
 ナミの見解へ、こちらさんはつややかな黒髪をやはり潮風に遊ばせながら、考古学者のお姉様が柔らかく微笑んで見せる。太陽光線の射入角度は、緯度が違わない土地同士ではそうそう大差はなく。ということは、ほぼ東西に真っ直ぐ走っているとされているグランドラインの航海を続けている分には、どの海域に居ようとその土地土地のレベルの同じ季節に迎えられる…という理屈になる。
「秋といったら何と言っても“収穫の秋”ですものね。」
 ナミが船端から視線を移したその先では、甲板に設えられた板戸、船倉に通じている扉がぱかりと開いており、
「滋養豊かな逸品ばかり、補給出来れば嬉しいですねぇ。」
 金髪のシェフ殿がそこからひょこりと顔を出す。手にはチェックリストを挟んだバインダーを装備というからには、食料在庫の一括点検をしていたらしく。比較的気候の穏やかな秋島海域ばかりを通過していたこともあって、食材の損傷を心配しないでいられたもんだから。結構な量の備蓄をしておいての食いつなぎをして来れたのだけれども、
「それもそろそろ底を尽きそうだ。」
 島や港町へと寄港出来ても、必ずしも補給出来るとは限らない。何せ彼らは“海賊”だから、世界政府に加盟している国や地域では“法を侵す者”と認知され、立派に“お尋ね者”扱いされ、正当な入港なんて出来っこない…筈だが。
“まま、そこはそれ、此処は魔の海・グランドラインだからして。”
 比較的穏やかで航海もしやすく、それがために海軍による統制も取りやすいだろう外海とは大きく違い、航路への突入からして途轍もなく難関で。入れば入ったで、真っ当な磁石が使えないほどの磁気嵐の影響からか、風や気候、潮流といった自然環境もアトランダムを極め。更には、かのゴール・D・ロジャーが秘宝“ワンピース”をこの航路のどこかに置いて来たなんて言い残して処刑されたもんだから、一獲千金を狙う悪党共がわらわらと集結してしまったその結果、此処ほど“生き残った者勝ち”な世界はないとまで呼ばれる場所になってしまって…はや数十年。生き残っている図太い海賊共の大半は、自分の身さえ安泰ならばそれでいいという恥知らずな連中ばかりであり。自分よりも格上の強いものを蹴倒し続けて一等賞を狙う…なんてな、夢や野望は欠片ほどだって持ってはおらず。確実に良い目が見られるよう、社会的弱者をこそ苛んでは卑劣非道な搾取を繰り返すばかり。そうなってくると、痛い目に遭うよりは、幾らかでも先に差し出すことで危害を加えないでもらおうという考え方だって、あっと言う間に広まって、
「次に着く島は、海軍の支部から遠いせいか、沖合での臨検も少ないみたいだし。だからと言ってそんなに小さな町でもなさそうだし。」
「みたいですね。野菜や肉だけじゃあなく、乳製品だの果物だのも品揃えが豊かだといんですが。」
 航路の奥へと進むにつれて、増えて来るのが、相手が海賊でも寄港に目をつむってくれて、補給のための取引や商売をしてくれる島や地域だ。外貨を落としてって下さるならば、海賊旗を掲げていてもお客様。暴れたり難題を吹っかけたりというような、目に余るほどの無体や迷惑行為をしないなら、いきなり海軍への通報なんてことはせず、それなりのお付き合いは出来ますよ、補給くらいなら商品を揃えますよという土地も少なくはない。此処まで入り込む海賊ともなると、そのレベルもぐんと上がるだろうし、そんな連中が徘徊している海へだなんて、民間船でではなかなか漕ぎ出せるものではない。かといって、自給自足にも限りがあるし、地続きで幾つか町や村があるような、大陸ほどもの広大な島だとしても、陸路をのろのろと人手と手間をかけての流通と、海上を一気に、しかも大量に渡って来るそれとでは、やはり何かと差はあって。遠い国からの珍しい物品や新しい技術などの情報まで揃っているともなれば、土着の皆様にしても何としてでも手に入れたかろう。よって、他の土地からの品物や情報、外貨などがどうしても欲しいなら、島外から来る誰かと商いをするしかない…という訳で。一般の商人たちにすれば用心しいしいという滞在にもなろうけれど、彼らのような、どこか気のいい海賊たちには、警戒のあまり要らない、羽伸ばし出来るオアシスとなってくれる、そんな島であるらしく、
「食料品全般はサンジくんに任せるとして、資材や消耗品の方は、チョッパー、ウソップと一緒に備蓄の方、ちゃんと確認しとくのよ?」
「おうともさ♪」
 少数精鋭にして、それぞれの専門というものが飛び抜けてる顔触れの集まりだから。こういった“管理”に関しては、それぞれが受け持ってる分野別に割り振られて当たり前。一人前ならこそ“任された”という理解の下、嬉しそうにいいお返事をしたトナカイドクターだったものの、
「あのなあのな? こっから寒くなるんなら、燃料とかも要るんじゃないのか?」
「そうよね。ストーブだって使うようになるし、陽が落ちるのだって早まろうから、ランプ用の油も余計にいるかしら。」
 さすがねチョッパー、よく気がついたと。にっこり笑ってナミさんがおでこを撫でてくれ、
「なななな、なんだよ、おいっ。子供扱いしてんじゃねぇぞ、このヤロがっ。///////
 そんなされても嬉しかねぇぞと、口では乱暴に言ってるが、
「とっても嬉しそうねvv
「そっすねぇvv
 会話にちゃんと加わりながらも、2階にあたるデッキへ上がってキッチンまで、一旦退いているところが手慣れたコックさんから。お茶を出されたロビンが“くすす”と笑い、お茶を出してるサンジもまた“ふふ”と小さく笑って。なかなかに和やかな、こちら主甲板、だったりする。

  「で? 他の顔触れはどこ行ってんです?」

 そろそろ三時だってのにと、辺りを見回した金髪痩躯のシェフ殿へ。
「ウソップだったら砲台室の貯蔵庫で、工房広げてパチンコのラバーベルトの張り替えしてるぞ。」
 と、チョッパーが告げ。後の二人は………。





            ◇



 初めて逢ったその時から、確かに年食ってる筈なんだのにな。前からどっか老けた顔してたからか、あんまり代わり映え、してねぇのなって、ついつい思ってさ。

  『縄を解いてやるから俺の仲間になってくれ。』
  『何だと?』
  『俺は一緒に海賊になってくれる仲間を探してんだ。』
  『断る。自分から悪党に成り下がろうってのか? ご苦労なこった。』
  『海賊のどこが悪い。』
  『海賊なんて外道だ。誰がなるか。』
  『別に いーじゃんか。もともとお前、悪い賞金稼ぎって言われてんだから。』

 潮騒の音をBGMに、思い出したのは…出会いの会話。一緒に航海に出る仲間になってくれという“勧誘”にしては、全然殊勝じゃあなかったし、色気もへったくれもなかったけれど。そもそもが男同士のご対面だから仕方がない。それにしたって、海軍支部の磔刑場で出会ったってのが穿ってる。

  ――― 何と言おうと、俺はお前を仲間にするって決めたからvv
       勝手に決めんなっ!

 終始、喧嘩腰だったあたりが、いかにも波瀾万丈な道行きになりそうな二人の先行きの、その暗示のようにさえ思えて来るけど、
“…まあ。平凡で穏やかな航海なんざ、する気は毛頭なかったんだしな。”
 いっそ俺たち“らしく”っていいじゃんと、ついつい“うくくvv”なんて笑ってしまうルフィだったのへ、

  「? ゾロが何か寝言でも言ったんか?」

 何せ、いつものように柵に凭れて、胸元への腕組みというポーズのまま大胡座かいて、泰然とお昼寝中の剣豪を、その真ん前にしゃがみ込んで眺めていたルフィだったので。そういうのを見るか聞くかして笑ったんじゃないかと思ったのももっともな話。だが残念、そうじゃあなかったので、
「ん〜ん、違う。」
 ふりふりとかぶりを振った船長さんの傍らまで、かわいらしい歩幅で とてとて駆け寄った船医さん。なんだそっかーとこちらさんも素直にすんなり納得をし、さっきまで他の面々と話してたこと、次の寄港地の話なぞ持ち出し始める。いかにもお呑気で、この船らしいやりとりに、
「………。」
 腕組みしたまま寝入ってる筈の剣豪さん、こっそり…くすすと苦笑ってみたりして。一体どこの誰が、このほのぼのとした面々を見て、飛ぶ鳥落とす勢いで台頭中の海賊団だと、そしてこの一際無邪気な男の子が一味を率いる船長さんだと思うやら。同じ中身でも、も少し年長さんであったなら。豪放磊落、それはそれは懐ろの尋が広くて深い、剛毅なお人と称賛されもしたろうが。ひょろりと未完成な肢体に、頬も小鼻もまるきり骨張ってない、まだまだ童顔なままの見た通りのお子様とあってはね。
“こんな連中にやられたなんて恥だと思ってか、最初のうちは全くの全然、噂にも上らなかったらしいしな。”
 とはいえ、ここ最近はそんな悠長なことを言ってもいられぬ騒動が立て続いたことだし。そうそう今までのようにとはいかないものも増えたかも。

  “ルフィはともかく、チョッパーがどっかで へこまにゃいいんだがな。”

 いつしか話題もすっかり差し替えられてて、うそーっぷはんまーっだの、羊肉しゅーとーっだの、仲間の活躍のデフォルメ物まねなんぞをやっては笑い転げているお子様たちの傍らで、耳に入ってないからこそのしみじみとしたお顔でいた剣豪さんであったりし。


  「ひゃくはち・ぽんど砲っ!」
  「うわあああ、やられたあぁぁぁ。」
  「ぐぁっははははは〜っ。」
  「…っ☆ くぉらっ、お前ら。そりゃあ誰の何の真似だ、おらっ!!」
  「わ、ゾロが怒ったっ!」
  「ぎゃははは…っvv


 いやホンマに平和なことでvv
(苦笑)


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